EVENT 「私たちの部落問題vol.2」


第2部トークセッションでは、土肥いつきさんによるレクチャーを受けて、ABDARCメンバーとのトークセッションが行われました。カミングアウトする側の意識とは?土地の名前をリスト化することの問題点とは?仲間とは?そして、今後の展望は…。盛りだくさんの内容を全6回に分けてお送りします。

 

第5回目は「(質疑応答)部落問題学習の現状は?」です。

 

登壇者  土肥いつき …京都府立高校教員

     阿久澤麻理子…大阪市立大学教員

     上川多実  …BURAKU HERITAGEメンバー

     川口泰司  …(一社)山口県人権啓発センター事務局長

 

第1回目の「地名をさらすことの問題点とは?」はこちらから

第2回目の「部落の外に住む部落出身者が抱える困難」はこちらから

第3回目の「受け止めてくれるマジョリティの存在」はこちらから

第4回目の「一番言いたくないことは、一番わかって欲しいこと」はこちらからご覧いただけます。


●(質疑応答)部落問題学習の現状は?

 

参加者からの質問①

 土肥さんに質問です。

 阿久澤さんの話に2002年以降学校で具体的なことは教えなくなってきたという話がありましたが、今、現在、学校などで部落民宣言をするような実践というのはがあるのでしょうか?今の若い人たちが置かれている現状を知りたいです。

 

土肥

 現在、学校で部落民宣言、本名宣言するような実践はほとんど聞こえてきません。部落だけじゃなくて在日の問題でも。もちろん、私が知らないだけかもしれませんが。ただ、現在の教育現場で人権教育やカミングアウトというのが後退しているという気持ちがあるんですけど、でも、子どもたちの中には、どこかで「言いたい」という気持ちのある子もいて、その気持ちをどうすくいとてるのか、それはまずこっちが投げかけないとダメなんだと思うんですよね。

(撮影:片岡遼平)

 昨年、「部落差別解消推進法」が出来たことは、すごく学校現場にとっても大きいことだと感じています。もう一度、同和教育、部落問題学習をちゃんとやらないといけないという雰囲気にはなってきてる。

 

 私自身も、最近は部落問題をどう教えようかと思っていたけど、今年はガチで部落問題の授業をしました。そしたら、子どものたちのなかでも「自分は部落出身だ」という子がいて、そういう子が顕在化する中で「やはりいるんだからやらなきゃならないでしょう」となる。そこがスタートになってこれから状況は変わってくるかなとは思います。

 

 ただ、教員も世代交代してくるので、どうそれを継承していくのかというのが今の課題で、そこが上手くいけば、もしかしたら、かつてのように教室の前でみんなに向かって「宣言」みたいな形ではないかもしれないけど、あちこちでキャッチボールのような、言ったら「つながるためのカミングアウト」ということもこれから出てくるんじゃないかなとは思っています。


阿久澤

 2002年に、部落問題の解決を裏づけてきた一連の法律が失効し、全国的に地域と連携した具体的な部落問題学習がなくなってきたんです。これまでは、部落のある学校だったら、地元の部落出身者の人をゲストに呼んで聞き取り学習をしたり、フィールドワークをしたり、地域教材などを使って学習してきたんだけど、法律が失効してからは、そのような学習をしなくなって、部落や部落の人たちの「顔がみえない」、部落問題学習が行われてきたんです。

 

 そんな抽象的な部落問題学習をするもんだから、「どこが部落なのか?誰が部落出身なの?」という疑問がわきあがってきて、そこに、示現舎らによるアウティング行為が起きて、ついには、「全国部落調査」の出版・公開が起きてきたわけなんです。非常に巧妙だなと思うんですけど。

 

 部落差別の形も変わってきた、以前は、行政などに「部落はどこか?」という問合せだったのに、現在は「ネットに書いていたけど、本当に部落なのか」という問合せに変わってきているわけですよ。そういうことにどう向き合っていくのかということをもっと真剣に考えていかないと、そういう意識はどんどんと潜っていって見えなくなってしまう。そういうものにどうストップをかけるかってすごく考えさせられています。

 

川口

 「どこが部落なのか?誰が部落民なのか」という情報だけがバラまかれ、晒される「アウティング」と「カミングアウト」は全く違うんですよ。この1時間のセッションで話し合ってきたように、いつ自分が語るのか、語る意味、必要性、不安、可能性など、当事者たちとすごく丁寧に向き合い、試行錯誤の中、あるときは反省したり、総括したり、すごく丁寧にカミングアウトとそれを支える実践をしてきたわけです。

 

 部落解放というのは「部落、部落出身を隠して、分からなくすることではない。部落、部落出身であることを明らかにしても、部落問題を理解した上で、差別されない社会」のことなんです。それを各地域の実情に応じて、全国で取り組まれてきました。それは「本名を呼び、名乗れる」関係であることも同じだと思うんですね。

 

 

参加者からの質問②

 どうして義務教育の中で全国的に同和教育が拡がっていっていないんでしょうか?高校の社会科の先生は「関東、東京には部落差別はないから義務教育では教えなくていい」と言っていたけど、本当ですか?

 

土肥

 私たち学校の教員が陥りがちなのは「〇〇問題について」という時、その「問題」について学ぼうとするんですね。そうすると関東だと部落問題を切実に感じていない人が多いということで、部落問題自体の学習がなくなっちゃうわけですけど、そうではなく、私がやりたいのは「〇〇問題について」と言いながら、その問題を通して差別の構造や共通点など探して考えたいと思ってるんです。

 

 これまで部落問題についてどんな学習をしていたかというと、なぜ部落が差別がされるのかという原因探しをしていた部分があるんですね。でも、差別というのはする側に問題があるのであって、原因はつねに差別する側が正当化するために、後付けで作り出しているだけ。部落差別する理由もどんどん変わってきているんです。ということが分かれば、他の差別問題とつなげて考えていけるので、本当はそういう形でやっていかないといけないんだろうなと思います。

 

上川

 東京には部落差別はないというのは、デマですね~。私も「学校で『部落』という言葉は使ってはいけないと習いました」って講演先の学生に言われたりすることがあるんですけど、そもそも部落問題について正しく知っている、ちゃんとした知識を持っていて教えられる先生がいないという問題があるなと思ってます。

私もシノドスで「東京に部落差別はない?」という記事を書いているので(https://synodos.jp/society/18160)是非読んでみてもらいたいです。「東京で部落差別はないでしょう?」と言われると、自分はこんなにいろんな思いをしているのに、差別が無化されていると感じてしんどいのでそれはどんどん打ち消していきたいと思っています。

 

第6回の「具体的な教育やアクションを!」に続きます)