Q.部落はなぜできたのか?


A. 部落とは何か。部落民とは誰か。そういった素朴な疑問は多くの人たちが持つのではないでしょうか。

 

 「被差別部落」やほぼ同義語である行政用語「同和地区」といった言葉に対し、かつては

ある特定の【土地】に固定して定住し、

「えた」や「ひにん」といった江戸時代以前の【身分】制にルーツを持ち、

その身分ゆえの社会的分業の中で形成された特定の【職業】に就いている人々

という、土地・身分・職業の【三位一体型】が典型的なイメージとして語られてきました。

 

 このような考え方は間違いではありませんが、正確ではありません。

 

 なぜ部落ができたのかという説明においては、従来、「近世政治起源説」と言われ、江戸時代、徳川幕府が「士農工商」と「えた・ひにん」を分け、権力に歯向かう民衆の力を分断しようと作り出した仕組だと理解されてきました(実際にはえた・ひにん以外にも、藤内・鉢屋・掃除など様々な被差別民がおり、地域によって名称も異なります。)

 

 近年では歴史的な研究が進み、「士農工商」に関しては、身分序列を表すものではなかったとして、現在の教科書では「百姓・町人」と表記されています。

 身分制度の確立の時期についても、室町時代後期から戦国時代、豊臣期、江戸時代の寛永期、寛文・延宝期など、諸説あり、定説はありません。つまり、いつ、なぜ部落ができたのかという問いに関して、はっきりとした答えは出ていないのです。

 

 それでは、「部落問題」とは何であるのか。それは、江戸時代まで続いた身分制度を廃止する「身分解放令」(明治4年)以降も、なお差別がなくらない事態を表す用語だと理解できます。

 

 その上で部落がなぜできたのかを考えると以下の3つの要因を考えることができます。

①時の権力者や支配体制が作り出した【身分】として:(注)時期には諸説あり

②社会的分業の中で形成された【職業】的/職能的集団として:(注)えた・ひにん以外にも様々な被差別民・仕事が存在した

→①②が具体的な【土地】・エリアと結びついている

③人間社会に不変的に存在する偏見や差別の対象として

 

 私たちが今「部落」と認識しているものは、主に、「同和対策事業特別措置法」(1969年)以降に、差別や格差を是正すべきだとされたエリア=同和地区(行政的区画)に最も近似しています。部落=被差別部落=同和地区=えた・ひにん=被差別者…といった理解は単純で分かりやすくはありますが、各地域や地方で、部落の成り立ちや実状は多様であり、また、これまでも/今現在も変容し続けているため、多くの誤解を含んだ認識です。

 

 同様に、かつて持たれていた【三位一体型】の部落像に関しても、多様な部落、部落民が存在することから、正確なものとはいえません。

 こういった「部落」の姿を正確に理解しようとすることは容易ではありませんが、たゆまぬ姿勢/試みをいとわないことが、部落問題を理解する上で重要なのではないでしょうか。


(山本崇記)