Q.過去の行きすぎた糾弾について、部落解放同盟は反省しているの?


A.

 糾弾について、これまでの長い歴史の中では、差別に対する怒りを爆発させ、差別をした人のみに反省を求めるだけに終わっていたという不十分さがあったことも否定できません。 部落解放同盟はその反省も踏まえて、「糾弾には暴力、恫喝、揶揄は不要である、糾弾は差別者の態度にもよるが、一定の節度をもって行なうこと、人権侵害を許さない闘いは、同時に相手の人権もおかさないという立場を踏まえること」であると糾弾における基本姿勢を明確にしています(※)。 また、糾弾会は「どのように糾弾会を進めていくのか?」という「糾弾要綱」を作成して、事前にその差別事件についての事実確認と分析をおこない、客観的第三者(行政関係や人権擁護委員など)の立会いを求め、公共的な場所で開いています。

 

 もう一点考えなければならないのが、なぜ部落解放同盟の糾弾だけが執拗に批判されるのか?ということです。 そこに「部落は怖い」「暴力的だ」「部落ならやりかねない」という差別的偏見はないのでしょうか? 社会に流布する「行きすぎた糾弾」なる話が、いつ、どこで、だれによってなされたのか?その具体的な事実が一切示されることなく、「聞いた、思っていた」ということでまかり通ることのおかしさについても考えなければならないと思います。

 

 

てんたろん

(※)『何を、どう糾弾するか』(部落解放同盟中央本部編,1991年)